大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成2年(ネ)826号 判決

控訴人 国土商事株式会社

右代表者代表取締役 石山基司

右訴訟代理人弁護士 飛澤哲郎

被控訴人 中農勝久

右訴訟代理人弁護士 田中清和

被控訴人 国

右代表者法務大臣 左藤恵

右指定代理人 源孝治

〈ほか一名〉

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

(控訴人)

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは各自控訴人に対し、金七一五万一〇四六円及び内金五七万二〇一四円に対する昭和六一年一二月一四日以降、内金五〇〇万円に対する平成元年二月一日以降、それぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

四  第二項につき仮執行の宣言

(被控訴人中農)

主文同旨

(被控訴人国)

一  主文同旨

二  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり、当審における主張を加えるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決五枚目表末行目「まで」の前に「至る」を付加する)。

一  控訴人の当審における主張

1  被控訴人中農には、家屋収去土地明渡の確定判決を得たことを、遅滞なく執行裁判所又は執行官に上申すべき信義則上の作為義務があったというべきであるから、これを怠ったことにつき少くとも過失がある。

2  執行裁判所には、前記確定判決があった旨の上申書を受理したことを速やかに控訴人に知らせ、控訴人に売却許可決定の取消の申立て等の救済措置をとる機会を与えるべき法律上の義務はないとしても、少くとも条理上の義務があった。

二  被控訴人国の当審における主張

1  控訴人の右主張2は争う。

2  本件の場合、執行裁判所が控訴人主張の措置を採る以外に、控訴人の損害を回避する手段、方法がなかったわけではない。

すなわち、まず、前記確定判決があった旨の上申書は執行記録に編綴されていたから、控訴人は、代金納付前にこれを閲覧する機会があった。

また、本件競売事件は、その記録をみれば明らかなとおり、既に競売開始決定の段階で、債務者の所在が不明となり、債務者に対してはその正本が公示送達されているほか、評価人の評価書や現況調査報告書においても、債務者は本件競売物件に居住していない旨記載されていたのである。

したがって、控訴人が、遅くとも代金納付までに本件競売事件記録につき又は貸主である被控訴人中農に対し、調査、確認をしていれば、本件借地権が消滅していることを了知し、その主張の損害の発生を回避しえたものというべく、結局、控訴人は、競売手続上、買受人として通常期待される調査を尽くさなかったというほかない。

かような場合、控訴人が執行手続上の救済手続を採らなかったことにより損害を被ったとしても、被控訴人国に対し賠償を求めることはできないと解すべきであるし、また、執行裁判所において前記確定判決があった旨の上申書を受理したことを控訴人に通知しなかったことと控訴人主張の損害との間には、相当因果関係はないというべきである。

3  仮に、以上の主張が容れられなかったとしても、控訴人が右調査、確認をしなかった過失をもって、大幅な過失相殺の事由として斟酌すべきである。

理由

一  本件の事実関係(当事者間に争いない事実及び当裁判所が認定した事実)は、次のとおり、付加、訂正等するほか、原判決理由一項(原判決六枚目裏六行目から八枚目裏八行目まで)説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決六枚目裏七行目「成立」の次に「(又は原本の存在及び成立)」を付加し、同八行目「第一一号証」を「第一二号証」と改める。

2  同八枚目裏一行目の「同判決正本」の次に「及び判決確定証明書」を、同じ行の「写し」の前に「各」を、同七行目「売却代金」の前に「昭和六一年一二月一三日」をそれぞれ付加する。

二  控訴人の被控訴人中農に対する請求について判断する。

被控訴人中農は、本件家屋の現況調査に当たった執行官から敷地(本件土地)の利用権についての照会を受け、同敷地の所有者として右家屋の所有者との間に借地契約がある旨を回答したものであるが、右回答をしたからといって、その後本件家屋の所有者に対して右借地契約を解除し、家屋収去土地明渡の確定判決を取得したことを、積極的に執行裁判所又は執行官に上申しなければならないとする法律上ないし信義則上の義務を負うものではないというべきである(もっとも、被控訴人中農が売却許可決定直後の昭和六一年一一月一四日には執行裁判所に対し右上申をしたことは前記認定のとおりである)。

よって、右義務の存在を前提とする控訴人の被控訴人中農に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  次に、控訴人の被控訴人国に対する請求について検討する。

1  公務員の不作為も、国家賠償法一条一項所定の要件を充たせば国家賠償責任を構成するというべきであるが、そのためには、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務と評価できる作為義務に違背すること(国家賠償法上の違法性)が必要である。

2  本件についてこれをみるに、不動産(建物)競売手続において、売却許可決定言渡後、代金納付までの間(本件では、売却許可決定に対する執行抗告期間満了の日)に競売物件たる建物(本件家屋)の敷地(本件土地)借地権の消滅を理由とする家屋収去土地明渡の確定判決の存在が判明した場合は、執行裁判所みずからこれを職権で是正する余地はなく、買受人が、売却許可決定の取消しを申し立て(民事執行法七五条参照)、是正の手続を求めることが、執行手続上許されているにとどまるところである。

そして、かかる場合、執行裁判所において、控訴人主張のように、買受人に対し、救済手続申立ての便宜をはかるため、確定判決の写しが提出された事実を通知すべき義務を定めた規定は、民事執行法その他の法令上存在しないし、これらの法令の解釈上も、執行裁判所が右のような通知義務を負担するとは認めがたいところである。

3  控訴人はまた、仮りに法令上の通知義務がないとしても、少くとも条理上の義務があると主張するので検討する。

(一)  一般に、公務員の職務権限につき法令による具体的規定のない場合に条理上の作為義務を認め、これを国家賠償法のうえで公務員の職務上の法的義務とされるのは、職務執行の過程において国民の生命、身体(場合により財産)、に対する差し迫った重大な危険状態が発生し、国又は行政機関が一次的にその危険排除に当たるのでなければ、国民の権利を保護することができないと認められる例外的な場合に限られるものであり、特に、権利関係の外形に依拠して手続が進行し、関係者間の実体的権利関係の不整合によって生じ得る不利益については、不利益を被る当事者が執行法上定められた救済手続によってその是正を図ることが予定されている不動産競売事件において、執行裁判所がその不整合をみずから是正すべき等特別な事情が認められる場合でない限り、当事者がみずから執行記録を閲覧し、関係者に当たる等して調査し、不整合を発見したときはその是正を図る救済手続をとるべきものであって、これを怠った結果生じた損害について国にその賠償を請求することはできないものと解される(最判昭和五七年二月二三日、民集三六巻二号一五四頁参照)。

(二)  本件についてこれをみるに、前記のように不動産競売事件において売却許可決定後執行裁判所がみずからその処分を是正すべき権限はなく、買受人が売却許可決定に対する執行抗告ないしはその取消しを申し立てる以外に執行法上の救済の余地がなかったものである以上、右救済を求めるべき基礎事実についても、買受人においてみずから調査、収集する責任があったものというべきであるところ、本件において、既に競売開始決定の段階で債務者(川鯉信治)の所在が不明で、右正本送達についても公示送達の方法が採られており、昭和五七年一〇月一六日付の評価人の評価書及び昭和五八年六月二四日付の現況調査報告書においては、債務者は昭和五七年一月又は二月ころから本件家屋に居住していない旨のまた、昭和六一年五月二二日付の評価人の評価書にも同年同月一九日現在本件家屋は空屋である旨の各記載があり、他方、物件明細書には、敷地所有者との間に賃貸借契約ありとの記載があるものの、右明細書は昭和五八年一一月三〇日付のものであって、買受人の買受け申出時ないし代金納付時までには二年半ないし三年の時日の経過があったのに、控訴人は、借地権付建物の買受人として当然なすべき敷地賃貸人への調査、確認もせず、事件記録の閲覧もしなかったため、その間に借地契約が解除され、建物収去土地明渡を命ずる判決が確定した事実を看過して代金を納付したものであって、控訴人は、前記執行法上の救済手続を利用して是正を求めることを怠ったものといわざるを得ない。

のみならず、本件のような場合において、買受人は、代金納付後においても民法五六八条、五六六条(又は五六一条)所定の瑕疵担保に関する規定にもとづいて売買契約を解除し、債務者又は債権者(ちなみに、《証拠省略》によれば、本件競売申立債権者たる三全自動車工業株式会社は、手続費用及び債権への配当金合計として、昭和六二年二月一七日本件売却代金五五七万円全額を受領しているところ、同会社は、遅くとも本件売却許可決定言渡前の昭和六一年九月二五日ころ既に前記確定判決の存在を知っていたことが認められる。)に対し、代金の返還ないし損害賠償を請求することによって事後的救済を図りうるものであるから、これらの救済手段をとらなかった買受人のために、民事執行法等の法令に規定のない通知義務を条理によって認め、国の損害賠償責任の根拠とすることはできないものというべきである。

4  以上によれば、控訴人主張の通知をしなかった執行裁判所には、民事執行法等法令上の違法はなく、また、条理上の職務義務違反もなかったというべきであるので、国家賠償法にもとづく控訴人の被控訴人国に対する請求も、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

四  よって、右と同旨の原判決は相当であって本件控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤文彦 裁判官 古川正孝 川勝隆之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例